往復書簡001:越後妻有から

僕はいま、越後妻有に滞在しています。浦田地区という妻有のなかでも豪雪地帯に建つ空き家を改修して、展示とディスカッションなどを行う“critics coast (批評家の海岸)”というプロジェクトを行うためです。今年は、梅雨が長引いたこともあり、7月末からずっと雨が続き、束の間、晴れたていたと思ったら、もうどことなく風は秋の冷たさをしのばせています。
 さて、僕たちは来年度から芸術表象という新しいコースを始めるわけですが、これまで日本の美大教育のなかでもユニークな試みではあるものの、それを上手に伝えることは非常に難しく、そのためこうして往復書簡的なものを行おうということになったわけです。おそらく、役割としては、暴走気味の僕を北澤さんが上手にたしなめつつ、僕たちの共有するものの姿を明確化していくということではないかと思います。ただ、とは言っても漠然とした話や、あからさまな宣伝をしていても意味はないので、そのつどタイムリーな話題に触れながら、話を進めていけたらと思っています。
 ということで、まずは僕がいまいる場所について話をしていこうと思います。越後妻有アートトリエンナーレ大地の芸術祭は今年で4回目を迎えます。国内の国際展の中では成功例の筆頭でもあり、何よりもその形態のユニークさは他に類をみないものです。芸術表象で授業を担当していただく北川フラムさんのディレクションによるものですが、今回それに参加させていただくにあたり、僕は少しひねくれた態度をとることにしました。越後妻有というと、どうしてもその特殊な環境がまず念頭に浮かびます。世界的にも珍しい豪雪地帯であること、厳しい環境を利用して生まれた棚田という造形美、隔絶された地域に生まれた独特の風習、文化、……。そして、不幸にしてその地を襲った大地震。こうしたそれぞれの要素は、その地に住む人にとってはまさにリアルな事柄で、これまで参加するアーティストは、まず、そうしたものに対する理解を深めるところからスタートしてきました。しかし今回、僕はあえてそのことを忘れるところからスタートできないかと考えたのです。「考えたのです」といっても、しっかりと明確なものがあるわけではありません。ということもあり、期間中、毎週土曜日夕方、空き家の庭に作ったウッドデッキでディスカッションを行うことにしました。このプロジェクトにおけるこうした姿勢は、僕が芸術表象について抱いている考えともきっと大きくは矛盾しないはずです。けれども、話はあえて乱暴に飛んでいきます。今回の参加アーティストの目玉として、アントニー・ゴームリーさんと塩田千春さんがいます。どちらも古民家の中に蜘蛛の巣的な糸状のものが張り巡らされています。僕は片方の印象が残っているうちに、もうひとつも見ることができるように巡りました。そのときの印象も、今回のひねくれた態度を説明してくれそうです。

さて、酷いことに僕の第1回目はここで唐突に終わってしまいます。このままこの話題にお付き合いいただいても結構ですし、何事もなかったかのように、北澤さんの韓国でのお話に移られてもかまいません。妻有の初秋の空と光は涙が出るほどきれいです。本当に泣いちゃいますよ。

杉田 敦